吉野 弘 詩集  『贈るうた』より
 
      人もまた、一本の樹ではなかろうか。
      樹の自己主張が枝を張り出すように
      人のそれも、見えない枝を四方に張り出す。

      身近な者同士、許し合えぬことが多いのは
      枝と枝が深く交差するからだ。
      それとは知らず、いらだって身をよじり
      互いに傷つき折れたりもする。
      仕方のないことだ。

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     枝を張らない自我なんて、ない。
     しかも人は、生きるために歩き回る樹
     互いに刃をまじえぬ筈がない。

     枝の繁茂しすぎた山野の樹は
     風の力を借りて梢を激しく打ち合わせ
     密生した枝を払い落とす・・・・・と
     庭師の語るのを聞いたことがある。


           人は、どうなのだろう?
           剪定鋏を私自身の内部に入れ、小暗い自我を
           刈りこんだ記憶は、まだ、ないけれど。

               『 樹 』      吉野 弘



        二人が睦まじくいるためには
        愚かでいるほうがいい
        立派すぎないほうがいい
        立派すぎることは
        長持ちしないことだと気付いているほうがいい
        完璧をめざさないほうがいい
        完璧なんて不自然なことだと
        うそぶいているほうがいい

                      二人のうちのどちらかが
                      ふざけているほうがいい
                      ずっこけているほうがいい
                      互いに非難することがあっても
                      非難できる資格が自分にあったかどうか
b0002580_04621.jpg     あとで
     疑わしくなるほうがいい

          正しいことを言うときは
          少しひかえめにするほうがいい
          正しいことを言うときは
          相手を傷つけやすいものだと
          気付いているほうがいい
          立派でありたいとか
          正しくありたいとかいう
          無理な緊張には
                            色目を使わず

                        ゆったり ゆたかに
                       光を浴びているほうがいい
                       健康で 風に吹かれながら
                       生きていることのなつかしさに
                       ふと 胸が熱くなる
                       そんな日があってもいい
                       そして
                       なぜ胸が熱くなるのか
                       黙っていても
                       二人にはわかるのであってほしい


                    『 祝婚歌 』         吉野 弘




確か英語を習い始めて間もない頃だ。

      やっぱり”I was born.”なんだね。
      受身形だよ。
      正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。
      自分の意志ではないんだね。

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    蜉蝣(かげろう)という虫はね。
    生まれてからニ・三日で死ぬんだそうだが
    それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと
    そんな事がひどく気になった頃があってね。


    蜉蝣の雌の口は全く退化して食物を摂るに適しない。
    胃の腑を開いても入っているのは空気ばかり。

    ところが
    卵だけは腹の中にぎっしり充満していて
    ほっそりした胸の方まで及んでいる。

    それはまるで
    目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが
    咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。

    淋しい 光の粒々だったね。

     せつなげだね。


        『 I was born 』 より 抜粋             吉野  弘





  新しい命の誕生にBlogを通じて接し、お祝いの詩をと、詩集を読み返していたところ・・
  心に引っかかってくるのは、お祝いと呼ぶにはどうなのか・・という詩ばかり。

  少々落ち込み気味・・。
  
  あの頃の思いは何処へ置き忘れてきてしまったのでしょう?
  睦まじく・・どこをひっくり返してもそんな言葉は見当たらない・・。

  枝を張っているなどという自覚すらない・・。

  ・・・・・。

by yoko59225 | 2005-05-06 01:34 | Book
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